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2006年08月18日

元町公園の価値について

先月の都市計画審議会(以下、都計審)では、元町公園の 「文化的価値」 「景観」 についての検討をふまえるべきである、ということが大変に大きな課題として、次回の都計審開催までの 「宿題」 となったと理解いたします。(詳しくは当ブログ 「7月26日都市計画審議会傍聴、報告!」 をご参照ください)
景観のことについてはまた後日に述べることとして、今日は 「文化的価値」 についてのお話をしたいと思います。

一回目の都計審では、委員の誰もが「元町公園に何らかの文化的価値がある」ことを認めましたが、それが何であるのか、何をどのように重要と考えればいいのか不明であるとされ、したがって今回の都市計画変更が妥当であるか判断できない、というながれになったわけです。
体育館建設大賛成派とおぼしき議員委員などは、 「カスケード(水階段)」 といった単体の造形物のみを取りざたして 「これを新しくする公園に移設して・・・」 とおっしゃいます。
しかし、そんなことでは、地形の特性を活かしたデザインの結果としての 「カスケード」 の存在、という本来的な意味を継承することはできません。特徴的な造形物をモニュメントとして移設して残すというのは、あまりに狭小な考え方です。
運動広場の部分は、都計審での議論にはまったく上がりませんでした。その後の助役等の発言では、この部分は 「何の価値もない」 と言われているようです。暴言であり、きわめて嘆かわしいことです。
運動広場や憩いの小空間、小さな子供の遊び場、みどりの木陰等々・・・、そういう空間のコンポジションがここに残っていることの重要性に理解を示す気配がないことは、非常に残念です。
かつての小学校という”学び舎”の空間を含んだ全体的な空間コンポジションは、元町公園以外では失われてしまった、つまり元町公園だけが誇ることのできる、現実の空間体験が可能な震災復興小公園のデザイン的価値のひとつです。

元町公園は、まちなかの公園(街区公園)の原点です。
そういう価値評価の検討もあってしかるべきではないでしょうか。
いまでは全国、どこのまちに行っても本当に 「あたりまえに身近にある小さな公園」 の記念すべき 「はじめの一歩」 なのです。

助役・教育長や企画部長の言によれば、文京区は、元町公園の歴史的・文化的価値について、また、景観についての検討を、文化財保護審議会と景観審議会に諮問するつもりは全くない、とのこと。
都市計画審議会を継続審議にした理由、つまり 「宿題」 をやらないで先に進むつもりです。許しがたい愚行です。
そんな行政では、ここが高層ビルになってしまうことを受け入れることは到底できません。区長や助役、その他与党議員の方々など、みなさん口々に、 「歴史性は認める」 と言っています。でも、では、 「何」 を 「どのように」 認めているのでしょう?  「認めている」 というのは、いったいどういう意味なのでしょう? 
7月のはじめに区長あて 「公聴はがき」 にてご質問をいたしましたが、いまだにお返事がいただけません。

元町公園の文化的価値は、ながい年月のなかに織り込まれた人々の利用と思いの積み重ねによって醸成される 「場所性」 にもあります。

以下に添付した 「元町公園のデザインと公園の価値」(東京大学助教授、小野良平) という論考もぜひ、合わせてお読みください(共有サイトの「メッセージ」欄に掲載されていますが、このまま下記をクリック!でOK)。

■元町公園のデザインと公園の価値

 元町公園のデザインについて、カスケード部分を指して、あるいは全体について「イタリア・ルネサンス式」「中世ヨーロッパの」などの説明が散見されます(たとえば区のHP上の紹介や新聞記事など)。誰がこのような説明を始めたのかはわかりませんが、少なくとも井下清さんをはじめ設計に関わった当事者によるこのような説明は、知る限り存在しません。

 また、確かにイタリアの庭園はルネサンス期に発達し、丘陵地に多く作られたため傾斜地を利用した例が多く、階段中央に水を落とすカスケードが特徴であるのも事実です。元町公園の設計者がこうしたイタリアの庭園に着想を得た可能性はもちろんあり得ますが、しかしそれと元町公園に「様式」としてイタリアの庭園様式が採用されているかどうかは別のこととして考えるべきと思います。様式とはさまざまなレベルで空間に現れるものですが、階段と滝の構成といレベルでは似ていても、より細かな造りをみれば決してルネサンス期のものではありません。

 このほかにも元町公園をみるならば、大谷石を貼り付けた入口脇などはライトの帝国ホテル(1923竣工)の影響かもしれませんし、壁泉やパーゴラ、すべり台 あたりはアールデコ、表現主義などのいわゆる「モダニズム」の雰囲気でもあります。私は必ずしもデザイン様式に詳しくないので正しくないかもしれませんが、要は元町公園内の多くの施設が1920年 代のモダンデザイン思潮の中であれこれと工夫されてデザインされているのは確実で、カスケードも着想はイタリア庭園かもしれませんが、これをあくまでモダンデザインとして表現しているとみるべきと思います。

 ですから元町公園は「(イタリア)ルネサンス様式」とは呼ぶべきではなく、あえて「様式」を与えたいのであれば 「震災復興様式」呼ぶしかないという意見もあります。ましてや 「中世」と「ルネサンス」はそもそも相反するので「中世ヨーロッパのイタリア・ルネサンス式」という区の解説は二重に不適切になってしまうので注意が必要です。「イタリア・ルネサンス式」と呼ぶのはイタリア庭園にも、井下さんたちにも両方に失礼かもしれません。  

 しかし、以上のような細かい話よりもより重要なことは、元町公園に限らずある空間の歴史的な価値を語るのに際して、「文化財」 特に「様式」などを強調することが、結果的に歴史的な価値を 「形」の問題に閉じ込めてしまうことの問題です。「イタリア・ルネサンス」などというキャッチーな呼称であればなおのことこの誤解が一人歩きしてしまいます。

 もちろん元町公園の随所にみられる 造形的特徴はこの公園の価値には違いありませんが、それは公園の価値の一側面にすぎません。造形的価値が一人歩きすると、カスケードだけどこかに残せばいいというような、最も不幸な保存・継承の方向性を支持してしまうことにもつながります。

 公園の価値を考えるときには「空間」よりも「場所」として考えるべきと従来考えてきましたが、それ以前に「モノ」じゃなくて「空間」として捉えることすら、なかなか理解されづらいことを審議会の議論を聞いていて痛感しました(審議会最後に会長からはわずかに「空間構成」という言葉を発していただきましたが)。  

 公園は基本的にオープンな土地で施設が所々に配置されているものなので、造形的な面を強調することはどうしても個々の施設のみに目を向かわせることになります。何が大切かといえばカスケード、パーゴラなどの施設そのものよりも、それらがあることによって成り立っている空間です。どうしてもどこが大切なのか具体的に言え、というのなら、それら施設の間にある「何もないころ」こそが大切である、という言い方もできます。これらを捉えることば として「景観」「風景」なども有効なのですが、これもややもする と「良い眺め」に閉じ込められがちなので注意が必要と思います。

 そしてこれら以上に、その空間が積み重ねてきた時間、人々の利用 の蓄積が「場所」としての価値として認められていくことを願いますが、これは合理的な機能さえ満たせばよいという行政の論理から はなかなか理解されないのが現状です。