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2006年12月21日

継承すべきは何か? - 何度でも読む、「元町公園のデザインと公園の価値」

文京区では、今回の元町公園の都市計画変更に関して、ある時点からしきりと「歴史性を継承する」と言い出しています。

「歴史」じゃなくて「歴史性」です。「性」をつけることによって、文京区は、何を言おうとしているのでしょうね。

今一度、小野良平先生(東京大学大学院)が前回の都市計画審議会(07月26日)の後にお書きになった論考を読んで、よくよく、考えておきましょうね。 


■元町公園のデザインと公園の価値

 元町公園のデザインについて、カスケード部分を指して、あるいは全体について「イタリア・ルネサンス式」「中世ヨーロッパの」などの説明が散見されます(たとえば区のHP上の紹介や新聞記事など)。誰がこのような説明を始めたのかはわかりませんが、少なくとも井下清さんをはじめ設計に関わった当事者によるこのような説明は、知る限り存在しません。

 また、確かにイタリアの庭園はルネサンス期に発達し、丘陵地に多く作られたため傾斜地を利用した例が多く、階段中央に水を落とすカスケードが特徴であるのも事実です。元町公園の設計者がこうしたイタリアの庭園に着想を得た可能性はもちろんあり得ますが、しかしそれと元町公園に「様式」としてイタリアの庭園様式が採用されているかどうかは別のこととして考えるべきと思います。様式とはさまざまなレベルで空間に現れるものですが、階段と滝の構成といレベルでは似ていても、より細かな造りをみれば決してルネサンス期のものではありません。

 このほかにも元町公園をみるならば、大谷石を貼り付けた入口脇などはライトの帝国ホテル(1923竣工)の影響かもしれませんし、壁泉やパーゴラ、すべり台 あたりはアールデコ、表現主義などのいわゆる「モダニズム」の雰囲気でもあります。私は必ずしもデザイン様式に詳しくないので正しくないかもしれませんが、要は元町公園内の多くの施設が1920年 代のモダンデザイン思潮の中であれこれと工夫されてデザインされているのは確実で、カスケードも着想はイタリア庭園かもしれませんが、これをあくまでモダンデザインとして表現しているとみるべきと思います。

 ですから元町公園は「(イタリア)ルネサンス様式」とは呼ぶべきではなく、あえて「様式」を与えたいのであれば 「震災復興様式」呼ぶしかないという意見もあります。ましてや 「中世」と「ルネサンス」はそもそも相反するので「中世ヨーロッパのイタリア・ルネサンス式」という区の解説は二重に不適切になってしまうので注意が必要です。「イタリア・ルネサンス式」と呼ぶのはイタリア庭園にも、井下さんたちにも両方に失礼かもしれません。  

 しかし、以上のような細かい話よりもより重要なことは、元町公園に限らずある空間の歴史的な価値を語るのに際して、「文化財」 特に「様式」などを強調することが、結果的に歴史的な価値を 「形」の問題に閉じ込めてしまうことの問題です。「イタリア・ルネサンス」などというキャッチーな呼称であればなおのことこの誤解が一人歩きしてしまいます。

 もちろん元町公園の随所にみられる 造形的特徴はこの公園の価値には違いありませんが、それは公園の価値の一側面にすぎません。造形的価値が一人歩きすると、カスケードだけどこかに残せばいいというような、最も不幸な保存・継承の方向性を支持してしまうことにもつながります。

 公園の価値を考えるときには「空間」よりも「場所」として考えるべきと従来考えてきましたが、それ以前に「モノ」じゃなくて「空間」として捉えることすら、なかなか理解されづらいことを審議会の議論を聞いていて痛感しました(審議会最後に会長からはわずかに「空間構成」という言葉を発していただきましたが)。  

 公園は基本的にオープンな土地で施設が所々に配置されているものなので、造形的な面を強調することはどうしても個々の施設のみに目を向かわせることになります。何が大切かといえばカスケード、パーゴラなどの施設そのものよりも、それらがあることによって成り立っている空間です。どうしてもどこが大切なのか具体的に言え、というのなら、それら施設の間にある「何もないころ」こそが大切である、という言い方もできます。これらを捉えることば として「景観」「風景」なども有効なのですが、これもややもする と「良い眺め」に閉じ込められがちなので注意が必要と思います。

 そしてこれら以上に、その空間が積み重ねてきた時間、人々の利用 の蓄積が「場所」としての価値として認められていくことを願いますが、これは合理的な機能さえ満たせばよいという行政の論理から はなかなか理解されないのが現状です。